読書日記(8/7-8/21)

8/7

人に小川洋子が好きだと話したら彩瀬まるの『くちなし』をすすめられた。たしかに、さまざまな体の部位への偏愛や、何かを喪失することのさみしさを淡々と描いている点は似ている気がする。一方で、『くちなし』では全体的に異性愛的な結びつきに焦点が当てられており、そのせいか小川洋子より湿度が高いように思える。

表題作の「くちなし」では、不倫相手の男と別れるときに片腕を貰い受けた女が、男の妻から腕を返すよう求められた際、男の腕の代わりに妻自身の腕を差し出すよう要求する。

まぶたを持ち上げてまず最初に、気持ちよさそうにシーツへ横たわる白い腕が目に入った。腕はいつだってかわいくて優しい。断片を愛する方が簡単だ。その人へ向かう感情も、濁ることなく澄んでいられる。妻みたいに丸ごとを愛して、丸ごとを欲しがり、丸ごとを管理しようとするのは大変だ。(彩瀬まる『くちなし』p.27)

8/9

『どれほど似ているか』(キム・ボヨン)では、韓国社会の不条理な構造や歪みとSFが接続されている。例えば「赤ずきんのお嬢さん」や「どれほど似ているか」では、フェミサイド(解説でも指摘されているように「赤ずきんのお嬢さん」は江南殺人事件がベースになっているのだろう)や、「もう女性差別なんてないんじゃない?むしろ男性差別があるよね?」という形で発露する性差別。例えば「0と1の間」では、高校生が直面する苛烈すぎる受験競争。

あとがきで作者が、「どれほど似ているか」で叙述トリックを使ったつもりはなかったものの読者に叙述トリックについて指摘されることが多かったと書いていたのが印象的だった。叙述トリックは最大公約数的な読者が持っているバイアスを利用して意図的にどんでん返しを演出するものだが、この場合、作者にその意図がなくてもトリックとして機能してしまうくらい読者(ひいては社会)にそのバイアスが浸透していたということだろう。再読してみると、たしかに所々で「それ」は提示されている。男性船員たちが船長に向ける敵意と敬意の欠如や、フン(人間に似た義体に入ったAI)がその場にいないかのように会話する様子は、「それ」とわかって読むとかなりあからさまかつ身に覚えがあってゾワっとする。

「私があんたに憧れてると思ってるんだろ。当然、人間になることを夢見てるって。あんたに愛されて、体を交えることを望んでいるって。でもあんたは私が知識を披露するだけでも暴力的になるし、単に自我があるかもと思うだけでも脅威を感じるよね。私のこと、劣った存在だと信じ込んでいるくせに、私があんたに優越感を持っていると思ってるだろ。暴力を振るうのは自分なのに、私があんたを攻撃して危害を加え、ついにはあんたに取って代わるという妄想に陥っているんだろ」(キム・ボヨン『どれほど似ているか』p.307-308)

最後の方でフンがある男性船員に放つセリフだ。「AI vs. 人間」の構図でもあり、その実、差別のある社会でマジョリティがマイノリティに対して感じている恐怖と嫌悪を言い当ててもいる。

8/11

ソウルフード」という言葉は、日本では郷土料理や特産品くらいの意味合いで使われがちだが、本来はアメリカ南部で差別を受けてきたアフリカ系アメリカ人の伝統料理を指す。上原善広の『被差別の食卓』では、差別にさらされてきた人々の間で生まれた世界各国の「ソウルフード」が紹介されている。

ソウルフードの本質は多くの人がおいしいと思うかという点にはなく、「その人が食べて育ってきた家庭料理」という精神にあるのだという筆者の指摘がおもしろかった。食というとまずは味で評価したくなるものだが、差別や経済的困難の中である種の抵抗として育まれてきた食文化には、画一的なおいしさという軸で語ることのできない部分が大きいのだ。

8/16

「天冥の標」シリーズ(小川一水)を読み始めた。前から気になっていた作品で、知人がおもしろいと言っていたのに後押しされて手に取った。第1巻『天冥の標 1 メニー・メニー・シープ』(上下)はカドムやアクリラといった魅力的なキャラクターの力もあってぐいぐい読ませるのだが、まだ舞台装置が示されたくらいで全体的に謎が多い。

ラストに今後の見取り図になりそうな文章があったので引用しておく。

かつて六つの勢力があった。

それらは「医師団リエゾン・ドクター」「宇宙軍カバラ」「恋人プロステイテユート」「亡霊ダダー」「石工メイスン」「議会スカウト」からなり、「救世群ラクテイス」に抗した。

救世群ラクテイス」は深く恨んで隠れた。

時は流れ、植民地が始まった——。

小川一水『天冥の標 メニー・メニー・シープ 下』p.357)

8/21

『天冥の標 2 救世群』を読む。第1巻から一転して現代日本が舞台になっており、初めて読んだときは面食らった。作中では、目の周りの黒斑や皮膚のただれ、高熱などを特徴とする感染源不明の病気が世界中に蔓延していく。COVID-19のパンデミックを経験する前に読んでいたらまた受け止め方が違っていたのかもしれない。

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もしよければおすすめの本を教えてください。時間はかかるかもしれませんが読んで読書日記に書きます。

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