読書日記(5/9-5/23)

5/9

今回の『NOVA 2023年夏号』は全作品が女性作家による書き下ろしらしい。特に「プレーリードッグタウンの奇跡」がよかった。作中では、短い音にいくつもの意味を載せられるプレーリードッグの警告音によって思考が速くなることが示唆されている。こういう、「言語などの様式が思考や意思を規定する」というコンセプトがとても好きだ(というかしっくりくる)。テッド・チャンの『あなたの人生の物語』を思い出した。

 

5/12

ゴールデンウィークに、無料公開されていた『大丈夫倶楽部』(井上まい)を読んだ。主人公である花田もねは「大丈夫になる」ことを大切にしている人で、セルフケアや他の人との関わりを通し、「大丈夫」を阻んでくる日々の中でも「大丈夫になる」ことを諦めない。

『大丈夫倶楽部』自体はおもしろかったが、常々「セルフケア」や「自分で自分の機嫌を取る」という言葉には欺瞞を感じている。実際には社会の構造や人との関わりの中で大丈夫になることが難しくなる側面があるのに、セルフケアと言われると、大丈夫でなさが社会の問題ではなく個人の問題としてのみ映ってしまう。もちろん個人として自分をいたわったりできる範囲で環境をよくしたりすることはできるだろう。しかし、「セルフケア」という言葉は、使い方次第では「あなたが大丈夫ではないのはあなたの努力が足りないからだ」という自己責任的なメッセージすら発し得るのではないか。

現代思想2023年5月号 特集=フェムテックを考える』を拾い読みしていたのだが、サラ・アーメッドの「戦いとしてのセルフケア」(浅沼優子訳)が印象的だった。冒頭でオードリー・ロードの「自分を大切にすることは自己を甘やかすことではなく、自己保存、および政治的戦いである」という言葉が引用されている。アーメッドは、社会で生存することが想定されていない人々(特定の身体、特定の集団の一員など)にとって、生存すること=「最後まで存在しないことを拒否すること」(p. 77)自体がラディカルな戦いであると言う。この社会でケアされるべきとされる人々に対してではなく自分へケアを向けること。そうやってセルフケアを通じて生き延びることが、社会的なたたかいになり得るみたいだ。

 

5/22

マシュマロで薦めてもらったSF短編集『いずれすべては海の中に』(サラ・ピンスカー)を読む。はじめて手に取った作家だけどとてもおもしろかった。

特に「いずれすべては海の中に」、「風はさまよう」、「オープン・ロードの聖母様」の3編が好きだった。音楽や物語といった文化は人から人へ、前の世代から次の世代へ伝わっていくうちにどうしようもなく変容してしまう。変わるどころか人間ごと海に沈んでしまったり、それを愛好する人がどんどん減ってしまったりすることだってある。変わることでこぼれ落ちるものや、受け継いでくれる人がいなくなりつつあることを目の前にしつつ、それでもその変化をおもしろがったり今文化を共有してくれる人に希望を託すことだってできるのだ。

母と娘、漂流者とそれを助けた人、決別したビジネスパートナー同士、時間や時代を飛び飛びに生きる恋人たち、ギグワーカーとその依頼主など、女同士のバリエーション豊かな関係性が当然のように描かれているのも魅力的だなと思った。

あと、ラストの「そして(Nマイナス1)人しかいなくなった」は設定が少し「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」に通じるところがあっておもしろかった。私もあらゆる分岐の自分を集めてパネルディスカッションをしてみたいけど性格的に数日で疑心暗鬼と嫉妬、実存的不安から殺し合いを始めそうな気がする。多分そういう性格ではない私もいるだろうけど少ないだろうな。

 

5/23

『不思議の国の少女たち』(ショーニン・マグワイア)は、あらすじに惹かれて買ったもののあらすじのせいでしばらく積んでいた本だ。「異世界に行った経験があり、『向こう』に戻りたいと切望する子どもたちが、現実と折り合いをつける方法を教える学校に行く」って、おもしろそうだけどつらくもある。戻りたいじゃん…!現実と折り合いをつけるんじゃなくて戻る方法を教えてくれ〜と思いながら読んだところ、いい意味で思っていた話と違った。特に、それぞれの子どもたちが行った「異世界」での経験と「本当の自分≒クィアネス」が重ねられていた点が興味深く、ラストの展開も胸に迫るものがあった。例えば、作中でアセクシュアルであることが示されているナンシーは死者の殿堂に行った経験を持つ。性欲があることが自明視されがちなこの世界に窮屈さを感じていたナンシーは、静謐で優雅な死者の殿堂に迎え入れられることでやっと本当の自分になれたという開放感を覚える。「向こう」に戻りたいと思うのは当然だ。この世界の論理が通じなくても、命の危険が付き纏うような世界であっても、そこで本当の自分になれるのならすべてを投げ打ってでも戻りたいと私も思うかもしれない。

 

リクエスト募集

最近読む本のジャンルや傾向が固定されつつあります。自分で選ばないような本も読みたいなーと思うので、もしよければおすすめの本を教えてください。時間はかかるかもしれませんが読んで読書日記に書きます。

moyoにマシュマロを投げる | マシュマロ

 

今回扱った『いずれすべては海の中に』(サラ・ピンスカー)はこのマシュマロから薦めていただきました。ありがとうございました!